katoreen101の日記

学校教育と授業研究・アートと猫と…あとはあれこれ

対話で出会いなおす 〜オープンダイアローグに学ぶ教師のためのツールを考察してみる〜

 

公認心理師の資格を取ったものの

 

それに見合う資質がなければどうしようもない。

ネットワークにも組織にも加入していない私は、せめて文献で学びましょう、とAmazonで本を物色していた。

 

書評などを参考にいろいろ調べる中でどんぴしゃ、どストライク

 

「これだ!これだ!これじゃあ!」

と私の野生の勘を激しく揺さぶったタイトルを見つけた

 

それが

 

「オープンダイアローグ。」

 

早速その関係の本を買い求めた。

 

 

最初に届いたのはオープンダイアローグを日本に広く紹介した精神科医の斎藤環氏著・訳による

「オープンダイアローグとは何か」(医学書院)

という本だった。

 

オープンダイアローグとはそもそもフィンランドで行われていた統合失調症の治療法のこと、

斎藤環氏は2013年の暮れにフィンランドでこの治療法が話題になっている事を知り、たちまち虜になったとの事を次のように記述している。

 

 結論から言いましょう。すっかりオープンダイアローグに魅了されてしまっています。ここには確実に、精神医療の新しい可能性があります。

斎藤環著、訳「オープンダイアローグとは何か」(医学書院)P12

 

さらに、

 

 私がオープンダイアローグに惚れ込んだ理由は他にもありますが、実は、それらはすべて後付けです。シンプルに言い切ってしまえば、要は私の臨床家としての直感です。「オープンダイアローグ」という単語を聞いた瞬間から、直感が囁いているのです。「ここにはとんでもない鉱脈がある」と。

 斎藤環著、訳「オープンダイアローグとは何か」(医学書院)P17

 

な、なんと、この感覚、同じだ!

 

そうそう、野生の勘のことを斎藤氏は直感が囁いている、と言っているのだ!

私も臨床家と言えば臨床家だし、(医者ではなく、教師だが…)臨床の世界に「オープンダイアローグという響きにピンと来る所に何かあるに違いない!

 

 

「オープンダイアローグ」による治療の創始者の1人であるフィンランドのヤーコ・セイックラ(Jaakko Seikkula)教授は繰り返し

 

「オープンダイアローグ」は「技法」や「治療プログラム」ではなく、「哲学」や「考え方」である事を強調している。

 

という記述を読んだ時、私たちが進めている「学びの共同体」の理念と丸かぶり、

「きたーー!きたきたー!」と雄叫び、

野生の勘は確信となっていった。

 

 

次にAmazonから届いた本は

「対話のことば オープンダイアローグに学ぶ問題解消のための対話の心得」(丸善出版)

である。

本の帯の言葉を要約すると

「オープンダイアローグの知を日常に」ということで、オープンダイアローグを多様な人が交わることで起こる問題を解消する方法の一つとして「対話」のもつ力を活用できるように対話という行為を紐解き、その心得をまとめた本。

である。

 

しかも

より実践的に取り入れていくために、マニュアルでもなく、テクニックを示す本でもなく、より実践的に思考や会話、対話を取り入れていくことができる考え方として、パターン・ランゲージという形式で30の「ことば」にまとめら体系化されている。

 

のである。

 

これはもう、本当に具体的で、わかりやすいではないか!

そして、対話のパターンというだけではなく、その底に「他者を心から尊重する」(教育の現場でも、結局のところ、これが根っこだと思うのだが…)という思考がしっかり流れている。

 

本を開いて最初のページ、いきなり、

教育学者の秋田喜代美先生の次のような「推薦のことば」が掲載されていた。

 

私が専門にしている保育や教育は、対話を通して、ともに育ち合い、学びを深め、新たな世界との出会いを開き、知を協創する場です。しかし、学校教育や児童福祉の制度が与える、「教えるも者ー教えられる者」「育てる者ー育てられる者」という役割の中で日々交わす言葉が、子どもや保育者・教師がいきいきと育ち合う機会を与える一方で両刃の剣となり、時にはある人の存在を制圧したり揺るがしかねない危機も生まれます。教育実践は毎日だから、無自覚に流れがち。だから、言葉の質と言葉が生まれる空間、時間、人間関係の3つの「間」を振り返る場とツールが求められます。この本で紹介されるオープンダイアローグから得られる30のことばは、その確かな道標です。

井庭 崇、長井雅史著 「対話のことば」P1

 

 

心理から入っても、自分のキャリアからすると、どうしても出口は学校教育の世界だ。

秋田先生の言葉に強く背中を押される思いだった。

f:id:katoreen101:20191105191704j:image

 

何を言いたいかというと、

学校現場で起きている子ども同士、子どもと教師、保護者と教師などの間におきる困難、すれ違いや衝突。それを解消していくために「対話で出会いなおす」ことを具体的な場面を通して考えていくことはできないだろうか、

 

もっと言うと、困難を解消する以前に、「対話で出会いなおす」ことで、困難そのものを生まない可能性を広げる事が できはしないだろうか。

ということだ。

 

秋田先生も「ツールが求められている」と言っているではないか!

ならば

よし、考えてみよう

と思ったのだ。

 

オープンダイアローグに学ぶ30のことばは次の3つ「対話の本質」に沿って展開している。

 

1、体験している世界

2、多様な声

3、新たな世界

 

これらに沿ってどれだけ「対話で出会いなおす」事例を掘り起こすことができるかは未知数。

可能性のあるところから、一つ一つやってみて、このブログで紹介していきたいと考えている。